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藤棚新聞を見つめなおす

<2021年 第79号>

 早いものでもう師走です。今年も藤棚新聞のご愛読有難うございました。

 受け取ってくださる商店街の皆様にもこの場を借りて御礼申し上げます。


 我が藤棚新聞は13年の歴史を誇ります。より一層商店街の発展に寄与すべく、変化を遂げていかなくてはなりませんが、そもそも、藤棚新聞の始まりはどのようなきっかけだったのでしょうか。発起人の相原雅夫に語ってもらいました。


藤棚新聞の誕生秘話

 2000年代の始めは,全国あちこちで商店街の衰退が話題になって活性化が叫ばれていた。このころ横浜市内に民間で商店街の活性化を研究していた商店街学会という団体があった。


 商店街の元気づくりが町おこしにつながるのではないかと考えていた私は興味をもって入会した。1年くらい経ったころ横浜市西区の藤棚地区商店街と交流のあったメンバーを核にして毎月第三金曜日に商店街の活性化を話し合う三金会が設立された。


 活性化の方法を話し合う機会は毎月もたれたが具体的な活動に至らないで1年ほどで消滅した。これが引き金になって同時に商店街学会も活動を停止した。


 せっかく地域の元気づくりに参加できると喜んだが、2年で元に戻ってしまった。だがここで諦めることはできない。そこで藤棚地区の商店街にくるようになって知り合った八百屋の主人と「どうしよう」「うーん、こまった」としばらく繰り返した後に、私は「新聞を発行しよう。新聞で地域の繋がりを作ろう」と提案した。八百屋の主人も「うん、それはいい、そうしよう」と賛成してくれた。


●藤棚新聞が生まれた日~初めての発行

 そして、2008年8月9日付けでA4裏表2ページの「藤棚新聞」準備号を出した。目的を「地域の人びとのつながりをつくり、助け合いを進める」とした。印刷した紙の色は、街の真ん中にあって町名の由来にもなっている藤棚の花から藤色にした。このときの準備号に掲載した内容は、

 ・夏祭りはじまる            ・藤棚商店会の夏祭りと納涼縁日

 ・家族づれで賑わった久保町第5盆踊り  ・岩井原中学校のみなさん大活躍 などで、500部くらいを印刷して周囲の商店やおもな公共施設に無料で配った。


藤棚新聞準備号


 いかがでしたでしょうか。現在はA4サイズ4ページ約2,000部を印刷し配布しています。地域に浸透してきた藤棚新聞ですが、冒頭にもあるように、さらなる進化を遂げる必要があります。それには地域の皆様のご助言・ご意見等を承り、多様性のある新聞にする必要があると編集部一同考えているところです。


 そこで、令和4年1月16日13時から「にしとも広場」にて座談会を開催いたします。先着5名様をお招きして、藤棚新聞への忌憚のないご意見、ご感想をいただければと思います。また、記事を書いてみたい、という方がいれば読者参加型記事として編集部にて検討したいとも考えています。


 参加ご希望の方は4面最下部の連絡先までメールまたはお電話にてお申込みください。  

(※新型コロナウイルスの感染拡大状況によっては中止になりますこと、予めご了承ください。)

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