<2018年 第59号>
開港とともに横浜に多くの人々が移住してきました。それに伴い銭湯も新開地に進出してきました。そんな中、大正12 年9月関東大震災があり壊滅的被害を受け、多くの銭湯が消失しましたが、国、県、自治体が銭湯の設置に力を入れ、中には100人は入れるほどの銭湯もありました。この震災を契機に市浴場組合連合会が結成され、同業者間の連携を強め、経営方法や料金について話しあいました。
その中心になったのが新潟県や石川県の北陸出身者です。この人たちは出稼ぎで東京や横浜へ出てお金を貯め、その資金で銭湯の経営に携わり、さらに仲間を増やすために故郷の新潟県に行って募集広告したり、新潟県人会名簿を作成して連絡を取ったり、石川県県人会名簿から全国にいる経営者の所在を確認し、連絡を取りあっていました。経営が成功した際には、「いつでも故郷は忘れないよ」という意味を込めて、故郷の神社に鳥居、灯篭、狛犬、門柱等を寄進したそうです。
かつての銭湯は共同住宅に住む労働者やその家族、学生で賑わい、地域のコミュニケーションの場として利用されてきました。また、人々の公衆衛生や健康的な生活に貢献するという最も大事な役割がありました。破風造りの建築、番台、ペンキ絵に象徴されるように、ただ懐かしいというだけでなく、銭湯を昭和の文化遺産として地域の中で残しておきたいものです。昭和43 年に33 軒あった西区の銭湯は現在5 軒が営業を続けています。みなとみらいの観光スポットを走ってきたあとに入るランナーもいれば、体験入浴する多くの幼稚園児がいます。それぞれに楽しい企画で利用者が増えることを期待します。
歴史をもつ銭湯 西区に残したい5軒
・記念湯 戸部本町45-4 045-322-6244
・萬歳湯 中央 1-23-3 045-321-2879
・朝日湯 中央2-44-6 045-321-5472
・松島館 戸部町4-166 045-231-7435
・中乃湯 藤棚町2-197-37 045-241-2959